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岡山地方裁判所 平成7年(ワ)807号 判決 2000年12月26日

原告

田村嘉子

被告

トヨタ自動車株式会社

主文

一  原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

本件は、原告が、被告らに対し、平成六年九月九日午前七時四〇分ころ、岡山県岡山市玉柏二二七番地先交差点で発生した、原告運転の普通乗用自動車と訴外青木正雄(以下「訴外青木」という。)運転の普通乗用自動車の衝突事故(以下「本件事故」という。)の原因は、被告トヨタ自動車株式会社(以下「被告トヨタ自動車」という。)においてその製造に係る自動車のファンベルト等のブレーキ機構に関し安全確保を怠った不法行為にある、及び、被告トヨタカローラ岡山株式会社(以下「被告トヨタカローラ岡山」という。)において原告が同年七月九日締結した車両点検整備契約上の義務に違反し、ファンベルトの疲労劣化を見落し、その交換を怠った債務不履行にあるとして、各自、原告及び訴外青木の受けた車両損害その他の損害につき、損害賠償金及び求償金合計二二〇万七二九六円及びこれに対する訴状送達の翌日である被告トヨタ自動車においては平成七年八月二九日から、被告トヨタカローラ岡山においては同年八月二七日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める請求である。

第二事案の内容

一  争いのない事実等(ただし、証拠並びに弁論の全趣旨によって容易に認められる事実を含む。)

1  当事者(甲第一号証、第二八号証、第三三号証、原告本人の尋問結果)

(一) 原告は、左記普通乗用自動車(以下「原告車」という。)の所有名義人である。原告車は、原告の夫である訴外田村和久(以下「訴外田村」という。)が被告トヨタカローラ岡山から平成二年六月四日に原告名義で購入し、主に原告の通勤用及び家族のレジャー用として使用されていたものであり、ステーションワゴン型でディーゼルエンジン搭載のオートマティック車である。本件事故当時における走行距離は七万八〇〇〇キロメートルを超えていた。

車両登録番号 岡山五九み四六一六

型式 Q―CR三〇G

乗車定員 八人

車両総重量 二〇四〇キログラム

車台番号 CR三〇―五〇五五〇八一

年式 平成二年六月

原動機型式 二C

車種名 トヨタタウンエース

なお、原告は、昭和四二年一二月に普通自動車の運転免許を取得しており、事故時における自動車運転歴は約二五年である。

(二) 被告ら

(1) 被告トヨタ自動車は、我が国を代表する自家用自動車等の製造・販売等を目的とする株式会社であり、原告車を製造した者である。

(2) 被告トヨタカローラ岡山は、被告トヨタ自動車の製造する自家用自動車等をもっぱら販売・整備することなどを目的とする株式会社であり、訴外田村に原告車を販売し、その後原告の依頼により原告車の定期点検整備を実施した者である。

2  事故の発生状況(甲第二号証、第五号証、第一九号証、第二八号証、第二九号証の一ないし一〇、第三〇号証、乙イ第二三号証の一ないし一〇、第二四号証、乙ロ第二号証の一ないし一〇、原告本人の尋問結果)

(一) 本件事故は、原告が岡山県岡山市南古都にある岡山市立上道中学校に出勤する途上に発生した。原告は、原告車を運転し、平成六年九月九日午前七時四〇分ころ、岡山県岡山市玉柏二二七番地先のT字型交差点にさしかかった際、一時停止の道路標識のある交差点の手前で停止することなく、交差点内に原告車を進入させたことにより左方から同交差点に進入してきた訴外青木運転の普通乗用自動車(以下「訴外青木車」という。)の右側運転席付近に原告車の左前部を衝突させた。

(二) 事故現場は、幅員約五・六メートルの県道に対し幅員約六・〇メートルの市道がほぼT型に交差する三差路であって、原告車が進行した市道側には一時停止の道路標識が設置されている。なお、市道における最高速度は四〇キロメートル毎時に規制されている。事故現場付近は非市街地であり、原告車及び訴外青木車の進行方向いずれの側からみても見通しは良く(ただし、市道側からみて右方の見通しは交差点付近の樹木のために不良である。)、いずれの道路もアスファルト舗装されている。当時天候は晴れであり、路面は乾燥しており、いずれの道路も交通量は閑散であった。

(三) 原告は、交差点手前で先行車両が停止しているのを発見し、減速・停止の措置をとったが、ブレーキが効かなかったため、先行車両との追突を回避すべく、ハンドルを右に切って交差点内に原告車を進入させたところ、本件事故が発生した旨主張しており、事故後、原告車を点検したところ、バキュームポンプ等にエンジンの回転力を伝達するファンベルトの芯線及び底ゴムが部分的に切断剥離し(別紙ファンベルト計測図参照)、ファンベルト自体がプーリーから外れていたことが確認されている。

(四) 本件事故により原告車と訴外青木車がいずれも損壊した。原告車は、左前フェンダー・バンパー凹損、車体左後部凹損等であり、訴外青木車は、右前フェンダー・バンパー凹損、運転席ドア凹損、車体左後部凹損等である。原告車は、その後修理しているが、訴外青木車は、修理不能の状態であった。原告が軽い左肩打撲等の傷害を、訴外青木が加療約一か月を要する頸部捻挫、右肩鎖関節捻挫、顔面挫創、右頬骨弓骨折、右腕挫創の傷害をそれぞれ負った。

3  制動装置の構造(甲第三四号証、乙イ第三号証、第二七号証、証人北須賀勝の証言)

(一) フットブレーキは、主に、<1>ブレーキペダル、<2>ブレーキブースター、<3>マスターシリンダー、<4>前輪部分及び後輪部分のブレーキ装置で構成されている。このほか、バキュームポンプ及びバキュームリザーバーが<2>のブレーキブースターに直結されている。<2>のブレーキブースターとは、大気圧と負圧(最大水銀柱七二〇ミリメートル)との差を利用することでペダル踏力に比例した強い力(倍力)を発生させてブレーキを作動させる装置のことであり、<3>のマスターシリンダーとは、ブレーキ、ブースターでの倍力(ただし、ブレーキブースターの倍力作用が働かない場合はペダルの踏力だけとなる。)を伝達し、油圧を発生させる装置のことである。<4>の前輪部分及び後輪部分のブレーキ装置は、前輪についてはディスクブレーキ(ディスクブレーキとは、タイヤとともに回転するディスクローターの両面からブレーキパット(摩擦材)を押しつけて制動力を得る装置である。)、後輪についてはドラムブレーキ(ドラムブレーキとはタイヤとともに回転するドラムに内側からブレーキシューライング(摩擦材)を押しつけて制動力を得る装置である。)からなる。

(二) ブレーキは、ペダルを踏むことによって発生した力がマスターシリンダーで発生する油圧により前輪部分及び後輪部分のブレーキ装置に伝えられ、それぞれブレーキパット及びブレーキシューライングが車輪とともに回転しているディスクローター及びドラムに押し付けられ、その摩擦によって車輪の回転数が低下し、制動力を生じる仕組みになっているところ、原告車では、右のペダルの踏力を軽減するため乗用車・小型貨物車における最も一般的なブレーキである真空式制動倍力装置付ブレーキが採用されている。右の真空式制動倍力装置(パワーブレーキアシストシステム)(以下「制動倍力装置」という。)とは、大気圧と真空(厳密には真空ではなく、大気圧に対して減圧されている状態である負圧を意味する。)との圧力差を利用してペダル踏力(ブレーキペダルを踏むだけでも、てこの原理によって理論値ではあるけれども入力した力の四・一九倍に当たる力がブレーキブースターに伝わる。)を助勢する方式であり、原告車のようにディーゼルエンジン搭載車両ではバキュームポンプを用いて作り出された負圧がバキュームリザーバー内及びブレーキブースター内に蓄えられたのち、マスターシリンダー内で右の負圧と大気圧との圧力差(ブレーキブースターの変圧室に空気が進入することにより変圧室と定圧室に圧力差が発生する。)によって増強された踏力による油圧がブレーキチューブ及びホースを通じ前輪及び後輪のブレーキ装置に伝えられ、これによって制動力を得るというものである(なお、ガソリンエンジン搭載車両では、エンジンの吸入負圧によって負圧を発生させるが、この構造の違いは、ディーゼルエンジンがその性質上吸気負圧が小さいことによるものである。)。

(三) 右の負圧を発生させるバキュームポンプは、オルタネーターと同軸上にあり、ファンベルトがエンジンの回転力をオルタネーターのプーリーに伝達することによってバキュームポンプも同時に回転して負圧を発生させるが、バキュームリザーバー内及びブレーキブースター内に蓄えられた負圧はファンベルトがプーリーから外れ、負圧が発生しない状態になっても即時になくなるというものではなく、制動状況によるが、何回かフットブレーキ操作をすることによって踏力助勢機能が失われる。

4  警告灯表示システム(乙イ第二二号証、第二七号証)

(一) 自動車の安全運転のため運転者が常に運転車両のブレーキ系統など各種システムの作動状況を把握し、異常が発生した場合にはすぐにその異常を知り、対処をする必要があることから、自動車にはコンビネーションメーターが設けられており、運転席の前に集中している。右のコンビネーションメーターは、<1>メーター及びゲージ、<2>警告灯、<3>表示灯の三種類があり、本件で問題となるのは<2>の警告灯であり、その灯色は赤色である。警告灯の種類には、<1>充電警告灯、<2>燃料・水分離器水位警告灯、<3>冷却水警告灯、<4>オートマティック・トランスミッション油温警告灯、<5>油量警告灯、<6>ターボ作動警告灯、<7>ブレーキ警告灯、<8>四ダブリュ・ディー警告灯、<9>油圧警告灯、<10>燃料残量警告灯、<11>半ドア警告灯がある。

(二) 右の警告灯のうち、バルブチェック、すなわち、警告灯のバルブ(電球)が切れていないか確認のためエンジン始動前(オルタネーターが停止している状態)において点灯するように設計されている警告灯は、右の<1>ないし<6>の警告灯である。すなわち、<1>ないし<6>の警告灯は、電源が入っているならば、オルタネーターの回転が停止していても、点灯するように設計・製造されている。これに対し、<7>の警告灯は、制動倍力装置に異常が発生し、ブレーキブースター内における負圧の残量が水銀柱一五〇ミリメートルを切ると点灯するよう設計・製造されている。

5  点検整備状況(甲第一八号証、第二一号証ないし第二八号証、乙ロ第一号証の一ないし一四、第三号証、証人河島始の証言)

(一) 原告が被告トヨタカローラ岡山で平成二年六月四日に原告車を購入して以来本件事故時までにファンベルトが交換されたことはない。

(二) 被告トヨタカローラ岡山は、原告の注文を受け、本件事故の約一・五か月前になる平成六年七月一六日に一二か月点検整備を実施したが、その際原告に対し原告車のファンベルトについて疲労劣化に伴う亀裂、摩耗等の異常が生じていることを指摘し、部品交換をするように勧奨したことはない。

二  争点

1  事故の原因

(一) 原告の主張

(1) 原告は、事故現場の手前で前方に先行車両が停車していることを認め、先行車両から約五〇ないし六〇メートル手前でブレーキペダルを軽く踏んだが、「ふわっ」とした感じであり、抵抗感がないのでおかしいと思って、再び踏んだが、同じように抵抗感がなく、予定通りの制動を得ることができなかった。このため、原告は、一瞬ブレーキペダルとアクセルペダルを踏み間違えたのではないかと思い、ペダルを踏み替えたが、「わあー」という加速する体感が得られたため、今度はアクセルペダルを踏んでいるとの判断に至り、今一度ブレーキペダルを踏もうとしたが、パニック状態に陥り、二、三度踏んだか否か判然としない状態の下で、先行車両との衝突を回避するため、右にハンドルを切って先行車両の側方を通過して交差点内に進入したところ、本件事故に至った。

(2) 原告は、ブレーキペダルを踏んだ後、その踏み応えがないため、踏んだペダルがブレーキペダルではないのではと思い、確かめる意味で、ペダルを探してペダルを踏むと、やはりそれがアクセルペダルであって(後に踏み込んだペダルがアクセルペダルだと分かったのは、ちょっと踏み込むと、抵抗感があって、「わあー」とスピードが出るような感覚があったからであると述べる。)、先に踏み込んだペダルがブレーキペダルであることを確認しており、最初に踏んだペダルがアクセルペダルでなく、ブレーキペダルであったことは明らかである。原告が最初にブレーキペダルを軽く踏んだ地点における原告車の制動初速度が時速五〇キロメートル程度であったのに対し、原告が左前方一〇・四メートルの地点に訴外青木車を発見した時点ではその速度が時速二〇ないし二五キロメートル程度に減速していたことからすると、期待どおりの制動は得られなかったものの、若干の制動・減速はあったということができ、さらに、この点からも原告がブレーキペダルを踏んでいたということができる。衝突した訴外青木車や原告車の損傷状態からみても右の事実を推測することが可能である。少なくとも原告がアクセルペダルを踏んで原告車を急加速させた事実のないことだけは明らかである。原告は、昭和四二年に自動車運転免許を取得して以来、長年にわたり通勤などのため日常的に自動車を運転している者であることからも、ブレーキペダルとアクセルペダルを踏み間違える、あるいはブレーキペダルを空踏みをするといった初歩的な操作ミスをしたとは容易に想定しえない。

(3) このように、原告は、当初、間違いなくブレーキ操作をしたにもかかわらず、ファンベルトが脱落しており、制動倍力装置による踏力助勢機能が失われていたことから、ブレーキが効かず、本件事故に至ったものであり、本件事故は、原告のブレーキ操作の誤りによるものではない。すなわち、ファンベルトの疲労劣化の進行により緩みが発生し、事故前に既に滑りが発生しており、このため、バキュームポンプの負圧発生能力が低下して正常に機能しておらず、これに加え、原告が事故現場に到着する以前に何度かブレーキ操作をしたことにより、事故直前にはバキュームリザーバー内の負圧の蓄積は正常ではなく、水銀柱三〇〇ミリメートル前後又はそれ以下となっていたため、原告のブレーキ操作にもかかわらず、ブレーキが効かなかったものであり、このことは、事故後にファンベルトの脱落が確認されていることから明白に裏付けられるものである。

(4) 右の点に関し、被告は、原告が本人尋問においてブレーキペダルの踏み応えがなくなったときの感じにつき、最初にブレーキペダルを踏んだとき「ふわっ」とした感じであり、抵抗感がないのでおかしいと思って、再び踏んだが、同じように抵抗感がなかった旨供述していることをとらえ、原告が本件事故時にブレーキペダルと思って踏んだペダルはアクセルペダルであった、そうでないとしても、ブレーキペダルの遊びをわずかに超えて踏み込んだにとどまる旨主張するが、右の表現それ自体感覚的なものであり、その後、原告が「ふわっ」という表現について、普段であればブレーキペダルを軽く踏み込むと当然ブレーキが効くという意味での抵抗感があるのに、そのときには右の抵抗感がなく、そのままであったことを自分の言葉で「ふわっ」と表現した旨述べているように、原告は、最初にペダルを踏んだときの感じが通常の踏力感と異なることを右のように表現したものであり、原告においてその後パニック状態に陥り、事故を体験した後に残った記憶であることからすると、これを絶対視してしまうのは事案の真相を見誤るものである。右の「ふわっ」という感触について積極的に意味付けをするならば、原告は、制動倍力装置が正常であるときに制動力を感じることができる程度まで、すなわちいわゆるブレーキの通常の使用域までブレーキペダルを踏み込んだ結果、ブレーキペダルはブレーキブースター内の負圧が正常であるときのように軽く、すなわち、ブレーキブースターの機能が働いていないときのように感覚的に固くて重いというのではない程度に踏み込むことができたものの、正常時とは全く異なり、正常時に得られる減速力(原告の表現によると抵抗感である。)を得ることができなかったことを「ふわっ」とした感じであったと表現したものであるといえる。

(5) また、バキュームリザーバーの真空度が水銀柱三〇〇ミリメートル以下〇ミリメートルまでの範囲内で一ないし二ストローク(一ストローク五〇ないし六〇ミリメートルの場合)程度ブレーキペダルを軽く踏み込んでも制動力が得られないことがあり(ファンベルトの疲労劣化に由来する緩みによってファンベルトとプーリーとの間に滑りが発生し、このためファンベルトが破損してプーリーから脱落するという経過をたどった場合、バキュームポンプの負圧発生装置が正常に機能しなくなる。)、このような状況の下で減速のため何度かブレーキ操作をすると、ペダルの踏み応え感が「ふわっ」とした感じになる状態が発生するため、一概に踏力感の軽かったかのような「ふわっ」という表現が誤ったものであるともいえない。このように、ブレーキブースターが機能しない場合に、制動力を感じることができる踏み込み量は、制動倍力装置の通常の作動時に比べ二〇ないし三〇ミリメートル程度増加していることがあるため、通常時の踏み込み量程度にしか踏み込まなかった場合その分だけ踏み込み量が足らず、このため、原告にとって「ふわっ」としたペダルの踏み応え感となったものといえる。

(6) なお、被告は、ファンベルトの脱落時に充電警告灯が点灯するほか、燃料・水分離器水位警告灯、冷却水警告灯、オートマティック・トランスミッション油温警告灯、油量警告灯及びターボ作動警告灯がいっせいに点灯するというが、技術的にみて、自動車走行中にファンベルトが脱落したからといって、充電警告灯以外の各警告灯がいっせいに点灯することはありえない。また、被告は、ブレーキブースター内の負圧が正常でなく、踏力助勢機能が働いていないならばブレーキ警告灯が点灯しているはずであると主張するが、原告は、ブレーキペダルの踏み応えがなくなる前後にブレーキ警告灯が点灯していたか否かについては認識がない。

(二) 被告トヨタ自動車の反論

(1) 原告は、本件事故の発生前に先行車両が停止しているのを発見し、ブレーキ操作をした旨主張するが、原告は、ブレーキ操作をしていないというべきである。すなわち、原告は、ブレーキペダルを踏んだ場合における感触について「ふわっ」としたものであった旨供述しているが、勤め先の中学校に行くため、岡山市笹ヶ瀬の実家を出た後、岡山大学の中を通っていく際何回かブレーキペダルを踏むほか、津山線の踏切で停止する際、旭川沿いに大原橋に向かって走る間何箇所かの信号で停止する際、さらに、大原橋を渡った後、その先の坂道で曲がる際それぞれブレーキをかけるというのであり、事故当日においても、原告は、実家を出発してから事故現場に到達するまでに少なくとも数回以上ブレーキを操作していたと思われるのに、本件事故時まではブレーキの踏み応えに異常を感じたとは一切述べていないことからすると、事故当時、たとえ、ファンベルトが脱落していたため、バキュームポンプが作動しておらず、ブレーキブースターによる踏力助勢機能が失われていた、あるいは失われつつあったとしても、そのときのブレーキペダルの踏み応え感が「ふわっ」とした感じであり、抵抗感がないのでおかしいと思って、再び踏んだが、同じように抵抗感がなかったといったことは考えられない。制動倍力装置のいわゆる過渡期さらには失陥時において、正常時と同程度の軽いストロークでブレーキペダルを踏み込んだ場合、踏み込みのための踏力は、ブレーキブースター内の負圧が水銀柱一五〇ミリメートルまでは正常時と変わりはなく、それ以下に低下して初めてブレーキペダルが段階的に固く、重くなるものであり、正常時と同程度の軽いストロークでブレーキペダルを踏み込むことができるならば、ブレーキブースターの踏力助勢機能は正常に作動しているわけであるから(ブレーキブースターは、踏力を助勢するものであって、制動力を増加させるものではない。)、正常時と同様の減速度及び制動距離で停止できるものであり、原告の主張は、ブレーキブースターその他のフットブレーキシステムの構造に照らして容認できない。

(2) 被告トヨタ自動車の右主張を明確にする上でさらに根拠を挙げるならば、別紙性能線図によると(横軸はブレーキブースターに入力される力を、縦軸はマスターシリンダーで発生する液圧を示している。なお、以下の主張は、踏力につき通常のブレーキ操作(減速度〇・二G)における踏み込み(五キログラム重)を前提とする。)、ペダル踏力は、てこの原理によりブレーキブースター内の負圧の残存量にかかわりなく、ペダル比(四・一九)分増幅されてブレーキブースターに入力されるので、ペダルの踏み込みによる五キログラム重での入力を仮定した場合、ブレーキブースターからの出力は計算上一八・五キログラム重であり(それ自体ブレーキブースターの正常、異常の別とは関係ない。ただし、ブレーキペダルのリターンスプリングの反力等によりペダル踏力は若干損失されるため、ブレーキブースターへの入力は、単にペダル踏力を四・一九倍したものにはならない。)、これに対し、負圧の供給が全くないと仮定した場合、ブレーキ操作を行う都度ブレーキブースター内の負圧が減少していくことから、右の負圧が水銀柱三〇〇ミリメートルであるならば、負圧と液圧の関係は別紙性能線図の点A・D・Eをそれぞれ結んだ直線で表示される。前述したとおり、ペダル踏力が五キログラム重であればブレーキブースターへの入力は理論上一八・五キログラム重であるから、一平方センチメートル当たり約一六キログラム重の液圧(出力)が発生していることが分かる。右のグラフから明らかなように、負圧が水銀柱一五〇ミリメートルを切るまでは、それまでと同じく、同じ踏力で同じ制動力が得られるのであるから、ブレーキ警告灯が点灯する直前のような負圧がかなり低下した状態に至るまで、運転者は、通常のブレーキ操作であれば、違和感なく通常どおりの減速度が得られるものである。

(3) いずれにせよ、原告がブレーキペダルを踏んでいたとすれば、原告車のブレーキブースターには停止するために必要な負圧が十分にあったのであるから、原告がブレーキペダルを踏んだときの感覚が「ふわっ」とするような状態であったとは認められない。原告は、被告トヨタ自動車が「ふわっ」というフットブレーキ操作時の踏み応え感について原告本人尋問における言葉尻をとらえ、論難しているかのごとく主張するが、原告が二度踏んで二度とも「ふわっ」とした旨明確に述べていることに加え、右の踏み応え感が事故の直後に警察官にブレーキの異常を訴えて以来、ブレーキペダルの踏み応え感について警察官や原告代理人らから何度も問い質され、その都度記憶を蘇らせて整理し記銘してきたはずの事柄であることからすると、制動倍力装置が機能していないためにフットブレーキが岡山西警察署でのテストの場合と同様に重かったのであれば、原告においてこれを「ふわっ」という感じで表現するとは到底考えられないところである。また、原告は、ブレーキの異常を感じて後、それを確かめるためにアクセルペダルを踏んだところ、確かにアクセルペダルであったのでパニック状態に陥った旨供述しているものの、ペダルの踏み応え感がパニックに陥る前に受けた感覚であることからすると、原告においてブレーキペダルの踏み応え感が重くなっていたのを反対に「ふわっ」と軽いかのごとく感覚的に取り違えるとは考えられない。原告は、<1>事故の直後、事故現場で警察官に対してフットブレーキが効かなかったと説明しており、<2>その後の岡山西警察署における走行実験においてもフットブレーキが効かなかったため、本件事故がファンベルトの脱落のため発生したように主張するが、原告の供述によれば、<1>でいうブレーキが効かないという意味について、ブレーキペダルの踏み応え感がないというものであり(ブレーキペダルを踏んだときに「ふわっ」とした感じで、抵抗がない。)、他方、<2>でいうそれは、ブレーキを操作するためにブレーキペダルを力一杯踏み込むことが必要であったというのであるから(踏み込むことはできたが、立ち上がるような状態で力一杯踏み込まないと止まらなかったと述べる。)、その内容は相反するものである。

(4) ところで、原告は、ブレーキペダルを踏んでも制動感が得られないため、アクセルペダルを探して踏んだと述べるが、その際足をどちら側に移動したかについて「そんなことは覚えていません。」と供述しており、この供述内容からすれば、原告が当初減速しようとして踏んだペダルがブレーキペダルであったとする点については疑いが残る。この点に関してさらにいえば、原告は、最初にペダルを踏んだとき「ふわっ」とした旨供述するが、「ふわっ」としたという意味が踏み応え感のことであれ、制動感(減速感)がないということであれ、原告がわずか五〇ないし六〇ミリメートル程度ストロークを踏んだだけでそれ以上踏み込むことを止めたというのであれば、そのこと自体原告の誤操作を強く推定させるというべきである。原告が主張するように前方停止車両の手前約五〇ないし六〇メートルの位置で余裕を持ってブレーキ操作をしようとしたというのであればなおさらブレーキペダルの踏み込みを強くすべきである。原告自ら、ブレーキの異常を感じた後は、パニック状態に陥り、ブレーキペダルを踏んだか否かはっきりしないと述べていることからすれば、原告がブレーキペダルを踏んだことによって原告主張のように減速したということはできない。原告が述べるように、時速約五〇キロメートルの速度が時速二〇ないし二五キロメートルかもう少しスピードが出ていたかもしれないと思われる程度に減速したにとどまるのであれば、ブレーキペダルかアクセルペダルかを確かめるために踏んだペダルがアクセルペダルであることが分かり、あわててアクセルペダルから足を離したことによりエンジンブレーキがかかっただけでなく、ハンドルを右に転把したことによる路面抵抗・空気抵抗の増加等が加わって減速したと考えることも可能である。なお、岡山西警察署でブレーキ操作をした際にはバキュームリザーバー内に負圧が残っていなかったものであるが、ブレーキを操作すれば、バキュームリザーバー内の負圧は次第に減少するものであり、このため、本件事故直後の時点ではバキュームリザーバー内に負圧が残っていたものが、その後レッカー業者等によるブレーキ操作によって本件事故時にバキュームリザーバー内に残存していた負圧が失われたといえるから、岡山西警察署でブレーキテストをした際バキュームリザーバー内に負圧が残っていなかったとしても不思議ではない。

(5) また、事故発生原因を考える上でファンベルトの脱落時期が重要であり、脱落したファンベルトをみると、その側面に縦のひび割れがあるほか、外周部に沿うようにひび割れが入っており、疲労劣化が相当程度進行し、いつ破損しても不思議ではない状態にあったものであるが、原告車の警告灯システムは、ファンベルトが脱落すればインスツルメントルパネル内の充電警告灯など六つの警告灯が点灯する仕組みになっており(脱落と同時に充電警告灯、燃料・水分離器水位警告灯、冷却水量警告灯、オートマティック・トランスミッション油温警告灯、油量警告灯、ターボ作動警告灯がいっせいに点灯し、さらにバキュームリザーバー内の負圧が水銀柱一五〇ミリメートルを切ると、ブレーキ警告灯が点灯する。)、原告の主張を前提とするならば、最低限、ブレーキ警告灯を除く五つの警告灯が点灯しているはずであるところ、事故現場の手前は、直線道路であり、当時交通量が少なく、閑散としていたのであるから、警告灯が点灯すれば通常気が付くはずであるのに、原告は、警告灯の点灯に気付いていないのであるから、ファンベルトが本件事故前、正確には事故現場手前で前方に停止車両を発見して減速のためにブレーキペダルを踏んだとされる時点よりも以前に脱落していたとは考え難い(原告は、以前に警告灯が点灯したとき、これが自然に目に入ったことがあると述べているのであるから、警告灯の視認性は十分あったといえる。)。むしろ、原告がアクセルペダルを踏んだと述べていることからすると、右の加速操作によって急激な負荷がかかり、ファンベルトが破損・脱落した可能性が高いといえる。原告は、警察では、先行車両が停止しているのを発見し、その三五・四メートル手前で初めてブレーキを踏んだと述べるのであるから、その時点での時速が時速約五〇キロメートルであったのであれば、原告は、急ブレーキに近いブレーキ操作をしたこととなり、これによってファンベルトが脱落した可能性があるともいえる。

(6) 原告は、ブレーキブースターの機能について、物理的にありえない主張を展開している。原告は、専門家の中にはバキュームリザーバーの真空度が水銀柱三〇〇ミリメートル以下〇ミリメートルまでの範囲にあるとき、一ないし二ストローク程度ブレーキペダルが軽く入ることがあり(この時に制動力は得られない。)、その後はブレーキペダルが重くなると報告する例がある旨主張する。しかし、原告車の搭載されていたブレーキブースターの作動の仕方は、バキュームポンプが作動している場合、ブレーキペダルを踏まない状態ではブレーキブースターの変圧室にあるエアバルブは閉じているが、バキュームバルブは開いているため定圧室と変圧室は導通となっており、両室に圧力差はない。ブレーキペダルを踏むと、まずバキュームバルブが閉じて定圧室と変圧室が遮断され、次いでエアバルブが開くため、両室に圧力差が発生してブレーキペダルの操作力を軽減することになる。ファンベルトがプーリーから脱落してバキュームポンプが作動しなくなっている場合、ブレーキ操作をする毎に負圧が失われていく結果、定圧室と変圧室の圧力差が減少するため、一定の制動力を得るために必要な踏力もそれにつれて増すことはあっても、踏力助勢機能が突然失われることはない。また、ブレーキ操作をする都度圧力差による踏力助勢機能が失われていくから、正常時より軽く踏めるということもありえない。正常時にブレーキの制動力を感じるいわゆるブレーキの通常の使用域までブレーキペダルを踏み込んでおり、しかも、正常時と同様に軽く踏むことができたのに、制動力が生じないということはフットブレーキの構造上考えられない。その構造からすると、フットブレーキを操作する都度、ブレーキブースター内の負圧が減少してブレーキペダルは段階的に重くなる一方であって、その過程で突如としてブレーキペダルが軽くなる現象は物理的に起こりえない。

(7) 仮に原告のブレーキ操作に関する主張が真実であり、ブレーキをかけたにもかかわらず減速効果が得られなかったとしても、原告の主張を前提とするのであれば、原告車のインスツルメントルパネル内の警告灯は、事故現場の相当手前の地点から最低限ブレーキ警告灯を除く警告灯がいっせいに点灯していたはずであるだけでなく、右の警告灯に加えてブレーキ警告灯も点灯していたはずである。そうであるとすれば、原告は、右警告に従い原告車を即時に停車させることが求められていたものであり、その際ファンベルトの脱落により制動倍力装置による踏力助勢機能が失われていたのであれば、ブレーキペダルを強く踏み込むことによって停車させることが求められていたのであり(原告車のブレーキ装置は踏力助勢機能がなくとも停止できる性能を有しており、保安基準に適合していたものである。)、原告が右の警告に従っていたならば、本件事故を回避することができたものである。ところが、原告は、これを見落し、本件事故を引き起こしたものであるから、本件事故の原因は、もっぱら原告の過失にある。

2  被告トヨタ自動車の責任原因

(一) 原告の主張

(1) 原告車の設計・製造上の過失

ア ファンベルトの欠陥

本件事故は、原告がブレーキ操作をした際に、制動倍力装置による踏力助勢機能が失われていたため、通常の踏力で自動車を減速・停止できなかったことから惹起されたものであり、直接的にはファンベルトの破損によるプーリーからの脱落が原因であり、右の脱落は、原告車に採用されたファンベルトの品質上の欠陥、具体的には耐久性の欠如によるものである。すなわち、現在、自動車にはすべての車種に制動倍力装置が装備されており、運転者は、踏力助勢機能の存在を前提に運転操作をしているのであるから、通常の運転操作時に右の踏力助勢機能が十分機能しないことは、それ自体当該自動車が通常有すべき安全性を有していないことを意味し、欠陥自動車であることを免れないところ、原告車のファンベルトは、通常有すべき耐及性を有していなかったために長期にわたる使用疲労によって材質劣化を来たして通常の走行中にその一部が破損し、著しい緩みを生じたことにより事故直前にプーリーから脱落した結果、制動倍力装置による踏力助勢機能が機能せず、本件事故に至ったものである。本件事故後、ファンベルトが脱落していることが発見されているが、ファンベルト全体が疲労劣化が激しく、外側部の上布(ベルト内部保護)、上ゴム(伸張部屈曲性、芯線保護)及び接着ゴム(芯線保護)、芯線(張力保持)、下ゴム(断面保持、動力伝動)のうち芯線及び下ゴムが部分的に切断剥離しており、下ゴムには亀裂が多数生じている状態にあり、右の破損状況から判断して、走行距離七万八二四六キロメートルに及ぶ使用によってもたらされた疲労劣化によりファンベルトが破損し、プーリーから脱落したものと認められる。右の破損脱落は、ファンベルトが耐用性に欠けるため生じたものであるから、品質上の欠陥といえるものである。このため、制動倍力装置による踏力助勢機能が失われたことによりブレーキの効きが悪くなり、原告は、通常のブレーキ操作によっては減速・停止することができず、本件事故に至ったものであるから、事故の原因は、被告トヨタ自動車がファンベルトに右の欠陥のある材質を採用したことによりファンベルトが通常有すべき耐久性を欠いていたことにある。なお、本件事故によって原告車の左前部及び後部の車体を損傷しているが、ファンベルトは、助手席下のエンジンルーム内に、進行方向に対して直角の方向でプーリーに装着されていたものであり、エンジンルームに損傷はないことからも、事故の際の衝撃によって瞬時に破損し、脱落したものとは考えられない。

ちなみに、被告トヨタ自動車は、昭和六三年八月から平成元年九月にかけ、原告車と同一車種の自動車にエンジン回転軸からの出力を効率よくウォーターポンプ及びオルタネーターに分配伝導することを理由に、ファンベルトにコグド(歯付き)ベルト(以下「シルバーベルト」という。)を採用し、右の仕様によるものを製造・販売をしたところ、レンタカー会社等の大口ユーザーや個人ユーザーから引っ張り強度が小さく、すぐに緩むことによって滑りが発生して耐用年数が短くなり、ファンベルトが切れる結果、ブレーキの効きが悪い等のクレームが相次いだことから、平成元年九月以降ころ、暫定応急対策として、コグドベルトの材質を強化した対策用ベルト(素材用ゴムの硬度を少し下げ、引張強度を約二二パーセント強化したもの。)(以下「旧オレンジベルト」という。)を採用し、生産車用及びサービス補修部品用として供給し、この事実を各販売店にも通告した。原告車のファンベルトも、右の旧オレンジベルトであった。ところが、被告トヨタ自動車は、旧オレンジベルトも、強度不足が顕著であり、エンジンの回転変動に耐えきれず、疲労劣化によって背面布接着材が剥がれることから、平成二年八月ころ、ファンベルトの耐緩み性の向上を理由に、コグドベルトからダブルベルト(以下「新オレンジベルト」という。)に設計変更している。右の設計変更は、二本掛けファンベルトにするとともにその挟み角を四〇度から五五度に変更し、伝達トルクの低減化をしてディーゼルエンジン特有の回転変動トルクをプーリーとベルト間で滑らすことにより吸収し、ファンベルトの疲労劣化による破損防止に役立たせることとしたものであった。

イ ファンベルト周辺機器類の欠陥

ファンベルトが脱落しても制動倍力装置による踏力助勢機能が失われることのないように二重三重に安全確保のための機能が作用するように設計思想上も考慮されるべきである。右の安全設計思想の見地からは、ブレーキ機構というもっとも安全上重要なシステムにあっては、たとえファンベルトが脱落しても、また、運転者が警告灯の点灯を見逃すという誤動作をしても、それによって危険な事態に陥ることのないように、緊急時の危険回避動作が確実かつ容易となる設計すなわち緊急時に運転者の反応しやすい機構及び性能を有するように設計されていることが必要である。原告車の場合、バキュームリザーバー内の負圧がその容量不足のためブレーキペダル操作を数回行うとすべて消費し尽くされ、通常の数倍も強くブレーキペダルを踏まなければ停止することができなくなるものであるから、その容量を拡大し、通常の踏力による制動力をある程度持続的に得られるようにするのが安全設計上重要であり、既存車種についてはバキュームリザーバーの追加取り付けをすべきである。また、ファンベルトの脱落によって踏力助勢機能が失われることのないように、バキュームポンプをファンベルト駆動方式からカム軸駆動方式に変更すべきであり、仮にファンベルト駆動方式を採用するのであれば、開発実験を繰り返し、少なくともディーゼルエンジン用であるならば二本掛けにするとともに、ファンベルトの初期時点での伸びが製造工場内で処理されたものを採用すべきであった。

ちなみに、被告トヨタ自動車は、平成五年八月ころ、バキュームポンプにつきファンベルトによって駆動する方式から、エンジンカム軸による直接駆動する方式に改め、また、バキュームリザーバーの容量を二〇〇ミリリットルから一〇〇〇ミリリットルに拡大強化する設計変更をし、さらに、ファンベルトの二本掛けを採用しているが、右は、制動倍力装置の設計に問題があったことを被告トヨタ自動車自らが認めていたことを端的に示すものである。

ブレーキ警告灯は、アァンベルトの脱落によってバキュームポンプが作動しなくなっても即時に点灯はせず、ブレーキペダルを何回か踏み込んで負圧がほとんどなくなってから点灯する仕組みであるため、ブレーキ警告灯が点灯した時点では既に踏力助勢機能が失われており、警告が間に合わず、その存在自体が無意味である。ブレーキブースター及びファンベルトに異常が生じた場合、警告灯による告知ではなく、より効果的な警告音による告知にすべきである。警告灯が充電とブレーキ系の二系統であるから、二重の安全性があるとか、右の警告灯の視認性がよいから、本件事故は原告の誤操作によるものであるなどとの被告トヨタ自動車の主張は前述の安全設計の標準内容からいって全く失当である。

原告車の場合、本件事故後に岡山西警察署でブレーキの効き具合を調べたところ、シフトレバーをドライブにしたとき、アクセルペダルを踏まないのに、フットブレーキだけでは停車させることができず、サイドブレーキを引いてようやく停車させることができたものであり、岡山陸運支局での調査でも、五〇ないし六〇キログラム重の力で踏み込めば停止するが、停止距離は二倍以上必要であるというものであり、しかも、右のテストは、障害物がないという特殊条件の下に、制動倍力装置による踏力助勢機能が機能しないことを予告された脚力の強い男子が行った場合の結果であり、本件事故時のような緊急時における法定のブレーキ性能を満足させるものではない。このように、いったん踏力助勢機能が失われると、減速・停止するためには通常の数倍の踏力によって力一杯ブレーキペダルを踏み込むほかなく、脚力の弱い女子の場合、予定どおり自動車を減速・停止させることが困難にならざるを得ないことからするならば、被告トヨタ自動車は、そのような事態を回避するための配慮を怠っていること自体、安全設計思想からして自動車製造事業者としての責務を放棄するものである。

(2) 欠陥等の危険性の告知等における義務違反

自動車は、文明の利器であるとともに、危険を内包する商品であるから、当時の技術水準を前提にあらゆる使用環境を想定して十分な実験を行った結果に照らし安全性が確保されている商品であることが要請されていることから、自動車製造事業者は、万一欠陥のあることが判明した場合には、直ちに対策を講じることが求められる一方、右の危険性の存在及び講じることのできる対策を当該自動車の購入者及び購入予定者に広く告知すべき義務を負担している。しかるに、被告トヨタ自動車は、制動装置上重要な部品であるファンベルトの欠陥を是正するため一本型から二本型に変更するという重要な設計変更をしながら、コグドベルト装着の自動車が売り切れるまで事前にその事実を広く購入者及び購入予定者に告知することをせず、また、購入者に対してファンベルト切れによる危険性につき情報提供をすることも、ファンベルトを回収することもしなかった。重要保安部品であるブレーキの構成部品であるファンベルトの疲労劣化による緩み・破損は、バキュームポンプの作動中止を招来し、その結果踏力による制動力を著しく低下させ、事故を誘発させる危険なものであるから、品質欠陥として直ちに法定のリコール届出をすべき義務が存するのに、被告トヨタ自動車は、これを怠り、本件事故を惹起したものである。原告は、被告トヨタ自動車が右の措置を講じる約二か月前に原告車を購入したものであり、事前にファンベルトの改良(旧オレンジベルトから新オレンジベルトへの変更)につき知らされていたならば、原告車の購入を差し控えることができたものである。被告トヨタ自動車は、原告車を販売した時点では原告車の欠陥を十分に認識しているのであるから、それを最低限告知し、消費者の選択に任せるべきであったといえる。それは、平成五年八月の設計変更(バキュームリザーバー及びバキュームポンプまわり)でも同様である。

日本自動車連盟作成のユーザーハンドブックがファンベルトの交換時期につき車種で異なるため当該車種の取扱説明書を参考とするように記載していることからすると、部品交換の必要性が生じる時期を明らかにすることは、当該自動車の製造事業者が示すべき義務であると考えられる。また、被告トヨタ自動車は、原告車と同車種の取扱説明書の中で、エンジン回転中、充電警告灯とブレーキ警告灯とが同時に点灯したときは、ファンベルトの切れが考えられる旨記載しており、ファンベルトが走行中に切れることを予測しているのであるから、この点からも、前記義務の存在は明らかであるところ、被告トヨタ自動車作成の整備手帳保証書には、タイミングベルトの交換時期の目安として一〇万キロメートル、エアクリーナ・エレメントの交換時期の目安として五万キロメートルの各記載はあるものの、ファンベルトについては何ら記載も警告もなく、右告知義務を果たしていない。

また、被告トヨタ自動車は、ファンベルトが切れた場合の対処方法を原告車と同車種の車の取扱説明書に注意書していることから明らかなように、走行中のファンベルト切れを予測しているのであるから、あらかじめファンベルトが疲労劣化による交換時期の目安を示すとともに、踏力助勢機能が失われると、減速・停止するためには通常の数倍の踏力によって力一杯ブレーキペダルを踏み込むほかなく、脚力の弱い女子の場合、予定どおり自動車を減速・停止させることが困難にならざるを得ないのであるから、ブレーキ警告灯が点灯した場合に単にブレーキを強く踏み込むように指示するだけでなく、どのように踏み込めばどの程度の制動力が得られるかを具体的に明らかにすべき義務がある。

さらに、被告トヨタ自動車は、自動車製造事業者として、万一欠陥のあることが判明した場合には、直ちに対策を講じることが求められる一方、右の危険性及び講じることのできる対策を当該自動車の購入者及び購入予定者等に広く通知すべき義務を負担しているだけでなく、右の欠陥商品を回収する義務を負担しているところ、被告トヨタ自動車は、ファンベルトを一本型から二本型に変更しながら、旧オレンジベルト装着の自動車が売り切れるまで右の事実を告知しなかっただけでなく、その回収もせず、右の義務に違反した。

(二) 被告トヨタ自動車の反論

(1) 設計・製造上の過失

ア ファンベルトの欠陥

原告車に取り付けられていたファンベルトは、平成二年六月に装着以来一度も交換されることなく、約七万八〇〇〇キロメートルの走行に耐えているのであるから、消耗品であるファンベルトの一般的な耐久性能は十分に満たしており、欠陥を有するものでないことは明らかである。原告は、ブレーキ機構は重要な安全機構であるから、ファンベルトが破損・脱落しない品質のものであることが必要であるとしているが、現実にそのような品質のものは存在せず、不可能を強いるものである。ファンベルトの交換時期については走行距離約三万〇〇〇〇キロメートルが交換時期の目安とされているが(社団法人日本自動車連盟)、走行距離だけでなく、自動車の走行速度・加減速の回数・程度、使用環境等その使用状況によって劣化の度合いが大きく左右される消耗品であり、当時の道路運送車両法に基づく自動車点検基準(運輸省令)等では、高速運転前及び六か月毎に点検すべきものとされているのであるから、運転者において点検整備を怠らない限り、使用疲労によって劣化したファンベルトが使用され続けることはありえない。

原告は、原告車と同一車種に採用されていたファンベルトの種類を変更したことをもってファンベルトの欠陥であることを示すものであるように主張するが、原告車と同一車種には当初から新オレンジベルトが採用されていたものであり、原告主張のように、シルバーベルトから旧オレンジベルトへ切り替えた事実はない。原告車及びその同型車につきその後設計変更がされ、ファンベルトの二本がけが採用されたことは事実であるが、右の目的はファンベルトの張りの調整が適切でないときに生じる「キュルキュル」音の発生を防止するために考案されたものであり、設計変更が原告車の設計上の過誤を意味するものではない。ファンベルトには張力低下防止のためポリエステル製芯線(ポリエステルは温度が上昇すると収縮する性質がある。)が組込まれているため、延びが生じることはない。なお、原告は、平成六年七月の一二か月定期点検後、エンジン部から「シュッ、シュッ、シュッ」というような異音が聞こえたと供述しているが、そうであるならばしかるべき点検整備をすべきであったにもかかわらず、原告はその義務を怠っていたことになる。

イ ファンベルト周辺機器類の欠陥

原告は、ファンベルトが脱落するなどの緊急事態に備え、バキュームリザーバーの容量を拡大すべきであった旨主張し、原告車及びその同型車につきバキュームリザーバーの容量拡大をしたことがその証左であるかのごとく主張するが、右設計変更は、ファンベルトの張りの調整が適切ではないときに生じる「キュルキュル」音の発生を防止するために考案されたファンベルトの二本かけを実施したところ、プーリーも二連式となり、エンジン幅が拡大し、車種によってはエンジンルームに収まらなくなることからカムシャフト駆動方式のバキュームポンプを採用したことに伴うものであって、右のカムシャフト駆動方式の場合バキュームポンプの到達負圧度が低くなるため(従前の設計下では水銀柱六五〇ミリメートルであったのが、水銀柱五五〇ミリメートルに下がった。)、負圧発生がなくなった場合のブレーキブースターの作動回数を従前と同一レベルに維持するために実施したものである。この方式においても、ブレーキ警告灯の点灯を無視して走行し続けるならば、ブレーキ操作をする都度、負圧は減少し、やがてブレーキブースターによる踏力助勢機能が失われるに至ることは同じである。

また、原告は、踏力助勢機能が失われた場合には原告車搭載のブレーキ機構が道路運送車両法に基づく車両保安基準を満たしていないかのごとく主張するが、原告の右主張は全く理由がなく、踏力助勢機能が失われても、原告車は、車両保安基準で定められた制動能力(例えば、制限速度時速五〇キロメートルにおける停止距離は二二メートル以下である。)を満たす設計・製造となっている。本件事故当時、制動装置に異常がなかったことは、事故後に岡山陸運支局が行った制動力の計測の結果同法一二条に規定する制動能力に異常が認められないと判定されていること、及び、原告が本件事故後に原告車を修理した西大寺農業協同組合「オートパル西大寺」(以下「オートパル西大寺」という。)の修理見積書に制動装置に関する修理・交換を行った旨の記載がないことから、明らかである。

原告車は、ファンベルトが回転軸から脱落するなどしたためにバキュームポンプが作動しなくなった場合、直ちにインストルメントパネル内の充電警告灯が点灯するほか(設計上バキュームポンプと充電器(オルタネーター)がファンベルトによって駆動する同軸上に設計・配置されているため点灯するものである。)、燃料・水分離器水位警告灯、冷却水量警告灯、オートマティック・トランスミッション油温警告灯、油量警告灯及びターボ作動警告灯が点灯し、さらに、バキュームポンプが作動しない結果、ブレーキブースター内の負圧が減少し、水銀柱一五〇ミリメートル以下になると、ブレーキ警告灯が点灯する仕組みになっているところ(いずれも赤色灯である。)、被告トヨタ自動車が事故後にファンベルトを装着して行った実験では、警告灯の表示に異常はなく、約二か月後に行われた原告車の修理においても警告灯に関する部品の修理・交換が行われていないことからすると、事故当時、原告車の警告灯システムに異常はなかったものといえる。そして、原告車の取扱説明書によれば、右の警告灯のうちターボ作動警告灯を除く警告灯が一つでも点灯した場合、直ちに自動車を停止させて点検するように記載され、特に、充電警告灯及びブレーキ警告灯が点灯した場合は、当該自動車の運転を停止して販売店に連絡するように記載されているのである(なお、ブレーキ警告灯の場合、ブレーキの効きが悪くなっている可能性があるため、ブレーキペダルを強く踏むように記載されている。)。したがって、原告が右の取扱説明書の指示記載に従った措置をとっていたのであれば、事故は発生しなかったといってよく、本件事故の発生と警告表示システムとの間には何ら関係がない。

そのほか、原告は、警告灯点灯時は通常のブレーキ状態で残り何メートル走行可能と明示できるような安全設計をすることも自動車製造事業者としての義務である旨主張するが、警告灯点灯後にどれだけの距離を走行できるかなどということはブレーキ機構とは直接関係のない事柄であるうえ、ブレーキ操作可能回数の意味であると善意に解釈しても、ブレーキの操作の仕方等によって結果は一律ではないから、回数的に明示することは不可能を強いるものである。また、ファンベルトが脱落した時点で踏力助勢機能が直ちに喪失するわけではなく、あくまで段階的に減少しでいくものであるから、原告車に採用されている警告灯の点灯による警告で十分である。

なお、原告は、ファンベルト脱落時において点灯するのは充電警告灯のみであって、燃料・水分離器水位警告灯、冷却水量警告灯、オートマティック・トランスミッション油温警告灯、油量警告灯、ターボ作業警告灯は、その構造上点灯しないかのように主張するが、充電警告灯が点灯すると同時にバルブチェック回路が働いて前記各警告灯が点灯する仕組みとなっているものであり、原告の主張は根拠のないものである。

(2) 欠陥等の危険性の告知等における義務違反

原告車のファンベルトは、平成二年六月に製造され、原告車の製造時に装着されたものであるが、ファンベルト自体消耗品であり、その交換の時期については使用条件によって異なるため、個々の車両のファンベルト毎に、ひび割れ、摩耗等の損傷がないかどうか点検し、交換の要否を判断すべきものである。そして、加減速の激しい走行によってファンベルトに大きな負荷がかかることからすれば、これを考慮した一般的な交換時期の目安が三万キロメートルであっても、当該車両の走行状況によって交換時期は一律でないといってよく、ひび割れ・摩耗等の損傷がなければ交換を要しないのである。整備手帳保証書には、高速走行前点検及び六か月点検項目としてファンベルトの点検が掲記されているほか、点検上の注意点も具体的に図示されているところ、原告車の場合、現実に七万八二四六キロメートルの走行に耐えているが、これはファンベルトの寿命は自動車の走行状況により大きく左右されることを物語るものである。自動車製造各社が、ファンベルトを交換する時期あるいは走行距離を指定せず、日常あるいは定期の点検の中で、必要に応じて交換するものとしているのは、かかる事情によるものである。原告は、「平均的な交換時期」を明示する義務がある旨主張しているが、かかる主張は右の実情を無視した非現実的な主張である。

また、原告車は、右リコールの対象となっていないことはいうまでもない。原告が証拠として提出した被告トヨタ自動車のリコールは、ディーゼルエンジン搭載車両において、ブレーキ倍力装置に負圧を供給するバキュームポンプのローターのブレード(羽根)保持溝に加工の不適切なものがあったために行われたものであるが、ファンベルトが脱落したためであるというのが本件事故の原因であるから、その間に何ら関係のないことは明らかであるし、リコールを長期間に亘って怠っていたと決めつけ、本件自動車についても欠陥隠しが行われているとも主張しているが右も失当である。なお、付言すると、右リコールの届出は、苦情が平成七年に至るまでなかったこと、リコール対象台数は、六万三七六一台であるのに対し、リコール届出までの間に生じたクレーム件数は六件にすぎないことから明らかなとおり、迅速に行われており、被告トヨタ自動車がリコール届出を怠っていたということは事実に反するものである。

3  被告トヨタカローラ岡山の責任原因

(一) 原告の主張

(1) ファンベルトの耐久性からすると、通常第一回目の車検時に交換されるものと考えられるところ、原告車の場合、別紙点検整備目録記載のとおり、被告トヨタカローラ岡山で継続的に点検整備を受けているが、その点検整備記録によると、平成五年一二月一四日の六か月点検整備、平成六年七月一六日の一二か月点検整備が実施されているけれども、いずれの定期整備点検においても、被告トヨタカローラ岡山から原告に対し原告車のファンベルトの疲労劣化による損傷につき指摘されたこともなければ、ファンベルトの交換を勧奨されたこともない。しかし、ファンベルトの品質上、何度定期点検を実施しても何ら亀裂・摩耗といった損傷が発生していないとは考えられないところ、右の一二か月点検整備後わずか約一・五か月後に破損し、脱落していることからすると、被告トヨタカローラ岡山の点検整備にはファンベルトの疲労劣化を見落とした過誤があった可能性が高い。その際、原告と訴外田村は、原告車のエンジンオイルの減少が早かったため、点検時毎に被告トヨタカローラ岡山に対し、その旨告げ、詳細に点検・整備するように依頼していたが、いっこうに改善されず、その原因についての説明もなかった。原告は、平成六年七月一六日の一二か月点検に際しても同様の依頼をし、被告トヨタカローラ岡山の担当者からは、エアクリーナーエレメントを交換し、排気ガスの出方が少なくなるように調整した旨知らされている。しかし、原告は、右担当者から本件事故で脱落したファンベルトの疲労劣化及び緩みの調整については、明確な説明を受けていない。

(2) 原告は、原告車購入後、法定の定期点検をすべて実施しているから、この点にかかる原告の点検整備上の責任は皆無であるといえる。被告トヨタカローラ岡山は、原告が前記一二か月点検整備直後にエンジン部から「シュッ、シュッ、シュッ」という音がしたのを聞いたことをとらえ、原告の点検整備上の過誤を主張しているが、これがファンベルトの滑りであると判断できる運転者はほとんどいない。右の「シュッ、シュッ、シュッ」という音が、ブレーキの制動力に影響するバキュームポンプ作動のためのファンベルトの緩みによるプーリーとの擦過音だから注意せよという警告灯の設置はもちろん、取扱説明書による警告もされていないことからしても、原告は、責任はないといってよい。しかも、右の音は、自動車内にいるときは全く聞こえないくらいの異音であり、一二か月点検時にエンジンブローパイ(吹き抜け)ガスをエンジンに循環させたためにエアクリーナーエレメントの詰まりが発生したときの抵抗音を除去するため修理をした直後でもあるので、原告においてその音が再発したと間違えたとしても仕方のないところである。

(3) 本件事故がファンベルトの破損・脱落によって発生したのは前述したとおりであり、制動倍力装置上必要不可欠な負圧を発生させる駆動力伝達手段であるファンベルトの疲労劣化の点検を依頼されながら、その摩耗・損傷を見逃した結果、踏力助成機能が失われる事態を招き、本件事故を惹起せしめたものであるから、被告トヨタカローラ岡山の債務不履行責任は明らかである。

(二) 被告トヨタカローラ岡山の反論

(1) 定期点検時におけるファンベルトの点検方法は、ファンベルトの内面及び側面の摩耗・損傷の有無を目視によって調べ、指で押してそのたわみについて点検するというものであるところ、原告車に対する平成六年七月一六日実施の一二か月点検においても右方法に従って点検した結果、何らの異常も認められなかったのであるから(なお、フットブレーキに関する点検事項は、ファンベルト調整、ディスクパット及びライニング点検並びにブレーキ調整であった。)、被告トヨタカローラ岡山に点検整備に関し債務不履行はない。

なお、被告トヨタカローラ岡山における平成一〇年二月から同年四月までのファンベルトの交換状況によると、ファンベルトの交換時期のうち、短いものは三万三六五〇キロメートル、長いものは一五万九九六三キロメートルであって、その使用状況によってその損傷の程度はまちまちであり、原告車が七万キロメートル以上走行していることのみをもって交換時期が到来したということはできない。

(2) 自動車運転者は、道路運送車両法上、高速走行前の点検のほか、前日の異常項目については、その項目につき運転者自ら点検することを義務付けられているから、正常運転の妨げとなるおそれを感知したときは、自ら修理できない場合は直ちに点検修理業者に依頼して、その異常項目につき点検修理してもらって安全を期すべきである。ところが、原告は、平成六年七月一六日被告トヨタカローラ岡山において一二か月点検を受けた後に、自らエンジン付近から異常が聞こえていることに気付いていたにもかかわらず、それを放置して通勤のため毎日のように原告車を運行していたものであり、仮に本件事故がファンベルトの脱落に端を発するものであったとしても、原告自ら点検安全確認義務を怠ったことを原因として発生したものであり、被告トヨタカローラ岡山に債務不履行責任はない。

4  原告の損害の内容

(一) 原告が本件事故により訴外青木が被った損害につき賠償をしたことにより左記の求償金債権を取得したか否か。

なお、訴外東京海上火災株式会社が訴外青木に対し、保険金四五万〇〇〇〇円を支払った事実は争いがない。

車両損害 三二万六六五〇円

原告が訴外青木に対し車両損害七七万六六五〇円のうち訴外東京海上火災株式会社から補填を受けた四五万〇〇〇〇円を控除した残額につき損害賠償として支払ったことによるもの。

(二) 原告が本件事故により左記損害を被ったか否か。

(1) 車両損害 一七万六三二六円

原告車の修理費用一二六万〇九八一円のうち車両保険から填補を受けた一〇八万四六五五円を控除した残額

(2) 治療費 四三二〇円

原告が左肩打撲等の傷害を負ったことによる治療費

(3) 保険料増額相当分 三〇万〇〇〇〇円

原告が今後加入する自動車任意保険の保険料が本件事故によって増額されることによる損害

(4) 慰藉料 一〇〇万〇〇〇〇円

原告が本件事故によって極度の恐怖感を受けるなど、重大な精神的苦痛を受けたことによるもの。

(5) 弁護士費用 四〇万〇〇〇〇円

(三) 合計 二二〇万七二九六円

第三争点に対する判断

一  争点1(事故の原因)について

1  甲第二八号証(後記認定に反する部分を除く。)、第二九号証の二、三、六ないし九、第三〇号証、乙イ第二三号証の二、三、六ないし九、第二四号証、原告本人の尋問結果並びに弁論の全趣旨によると、事故現場に至るまでの原告車の走行状況及び事故発生時の状況に関し、次の事実が認められる。

(一) 原告は、事故当日である平成六年九月九日午前七時二〇分ころ、当時勤務していた岡山市内の中学校に出勤するため岡山市笹ヶ瀬の実家を原告車を運転して出発した。原告の通勤経路は、右の実家を出発した後、津島の新道を通り、岡山大学、三野を経由し、旭川沿いに県道を走行した後旭川に架かる大原橋を渡り、事故現場を右折し、さらに矢津、古都を経由し、古都小学校前から新幹線側道を通り、上道北方から国道二号線を通り、砂川沿いにある職場に至るというものであり、片道約二一キロメートル、時間にして約四五分前後を要する。事故現場にさしかかる付近では、大原橋を渡った後右折し、左カーブの急な下り坂を降り、牟佐地区内を走行し、須々木正方前道路を進行した。右の事故直前の進行経路において、フットブレーキは、大原橋を渡り終える付近で右折進行に必要な減速を得るため、次の下り坂を左に方向を変える減速を得るため、それぞれ使用された(なお、須々木正方前道路での右回りのカーブを含めてその他の場所でのフットブレーキ使用の事実及びサイドブレーキ使用の事実はない。)。原告は、須々木正方前路上を通過後、県道岡山御津線に至るほぼ一直線の市道(梶原乳業出入り口より手前にある北側に向かう細い道路付近では進行方向に向かってやや右にカーブしている。)を進行したところ、事故現場であるT字型の交差点手前に普通乗用自動車(以下「先行車両」という。)を発見した。なお、原告が最初に先行車両を発見した場所は、本件事故現場である交差点付近から約一八〇メートルの地点である。

(二) 原告は、陳述書及び本人尋問において、事故現場手前の道路を時速約五〇キロメートルの速度で走行中、先行車両があるのを発見したが、まだ一八〇メートル程度の距離があったことからしばらく走行した後五、六〇メートルの地点で減速するためブレーキペダルのつもりでペダルを軽く踏んだところ(もっとも、警察では、事故前時速四〇ないし四五キロメートルの速度で走行中、約三五メートル手前で先行車両が停止しているのを発見し、減速するためペダルを踏んだと述べる。)、普段の減速感が得られず、アクセルペダルをブレーキペダルと踏み間違えたと思い、他のペダルを踏んだところ、加速感があったため、改めて最初に踏んだペダルを踏もうとしたが、既にその時点では先行車両まで間近に迫っていたことから、急遽追突を回避するためハンドルを右に切って先行車両の右側方に出てそのまま交差点内に進入したところ(原告は、警察では、時速二〇ないし二五キロメートルの速度で進入したと述べる。)、左方から訴外青木車が進入してきており、その右側面に原告車の前部が衝突するに至った、右のペダルの踏み替えにつき二、三度踏み込んだように思うが、パニック状態にあり、どのように右足を動かし、踏み込んだかまでは記憶にないと述べる。また、原告は、事故の相当以前からエンジン付近に「シュッ、シュッ、シュッ」といった異音があったが、事故現場の数百メートル手前の大原橋を渡ったのち下り坂でブレーキを使用するなど事故現場に至るまでに何度もブレーキを使用したものの、それまでブレーキに異常はなく、事故現場の手前でブレーキを掛けようとして初めてブレーキの効きが悪いことに気付いた、当初ブレーキを掛けようとしてペダルを軽く踏んだとき、「ふわっ」とした感覚で抵抗感がなかったため、改めて踏んだが、やはり抵抗感がなく、その異常に気付いた旨述べる。

2  そこで、前記第二の一の事実のほか、原告の右の供述内容等を踏まえながら、本件事故の原因について、以下検討することとする。

(一) まず、事故現場の交差点には原告車進行の市道側に一時停止の道路標識があり、事故が発生した当時、左方道路から訴外青木車が交差点に接近しており、先行車両が交差点手前で一時停止していたところ、原告は、右先行車両との追突を回避するため、ハンドルを右に切り、右先行車両の右側方を通過して交差点内に進入したものであり、訴外青木車の損壊の程度及び事故後の双方の車両の停止位置からみて原告車が相当に高速度で交差点内に進入していることは明らかであるといえる(前記のとおり、原告は、警察では、時速二〇ないし二五キロメートルの速度で進入したと述べるけれども、これを裏付けるものはなく、ブレーキ及びハンドルの操作状況からしても、もっと高速度であった可能性が高い。)。そして、原告もブレーキ操作をする以前は時速五〇キロメートルを超える速度で走行していたというのであり、原告車が停止中の先行車両に危うく追突しかねないといった事態を招いたものであるから、その原因・状況としては、<1>原告主張のように、ファンベルトがプーリーから外れ、あるいは外れていないにしても部分的に破損したことによりファンベルト全体の張力が緩んだ結果エンジンの回転力をバキュームポンプに十分に伝えることができず、ブレーキブースター内に十分な負圧を供給できないため、制動倍力装置の踏力助勢機能が失われており、フットブレーキが通常の踏み込み動作では十分に効かなかった場合のほか、<2>原告が脇見・考えごとその他により前方注視を怠り、先行車両が停止しているのを発見することが遅れたことにより、あわててしまいブレーキペダルと間違えてアクセルペダルを踏み込んだことから、先行車両に至近距離まで迫り、十分かつ確実なブレーキ操作をする余裕がなかった場合及び<3>同様に原告が脇見・考えごとその他により前方注視を怠り、先行車両が停止しているのを発見することが<2>の場合以上に遅れたことにより、先行車両に一層至近距離まで迫ったため、ブレーキ操作をする余裕がなかった場合を想定することができるが、原告がブレーキ操作をした時点で、ブレーキ警告灯が点灯しておらず、これを見落したことがないとしても、原告がブレーキ操作に至る前後の状況に関し述べるところに照らせば、原告は、右のブレーキ操作をするまでの間、脇見・考えごと等のため前方注視を怠っていた結果、本件事故を招いたものであり、<1>の場合ではなく、<3>の場合か、そうでないとしても<2>の場合であるというべきである。

(二) すなわち、原告は、先行車両を梶原乳業に入る道路付近で発見したが、遠くであったため、減速することなく走行した、その後、そろそろブレーキを掛けた方がいいと思い、いつものように軽くペダルを踏んだが、ブレーキが効いた感覚がないため、ペダルを踏み替えたところ、「わぁー」と速度が出る感覚があり、前方で先行車両が停止していたことから、あわててしまい、追突を回避するためとっさにハンドルを右に切った旨述べる一方、かなり早い時点で先行車両の存在に気付いたとしながら、その後の先行車両の進行状況につき明確に述べるところがなく、右の供述内容からすると、原告は、最初に先行車両の存在に気付いてからブレーキ操作をするまでの間前方を十分に注視し、先行車両の動静に注意していなかったものと認めるのが相当である(なお、原告は、遠くからみたとき、先行車両が停止していたように見えたと述べるが、その地点が原告の述べるように交差点の約一八〇メートル手前であるならば、その後における本件事故の発生状況からして原告が先行車両の存在に気付いた時点で既に停止していたとは認め難いところであり、この点からも、原告は、先行車両の存在に気付きながら、その後の動静を十分に確認していないことが窺える。)。このことは、原告が交差点手前で停止している先行車両を認めたのちにとったブレーキ操作の態様に関し原告が述べるところ、すなわち、先行車両まで五、六〇メートルの地点であって、減速・停止するためには距離的に余裕のある地点でブレーキペダルを踏んでいながら(時速五〇キロメートルで走行する場合、乾燥したアスファルト路面であれば、少なくとも二八メートル程度の制動距離を要するとされている。この点に関し、原告は、警察では、時速四〇ないし四五キロメートルの速度で走行中約三五メートル手前の地点で最初にブレーキペダルを踏んだと述べるが、右のとおりであるとしても、走行速度からすると、その制動距離は通常二〇ないし二四メートル程度であるとされているから、まだ距離的に余裕のある地点であるといえる。)、しかも、その際ブレーキの効きが悪かったのであればさらに二度、三度と強く踏み込むことを繰り返すのが運転者の通例であるといえるのに、原告においては、軽く一度か二度踏んだだけでブレーキの効きが悪いためにペダルを間違えたと思い、他のペダルに踏み替えたところ、「わぁー」といった加速感があったことから、アクセルペダルであると思い、もとのペダルに足を戻したが、その後はパニック状態に陥ってしまったと述べるところに照らしても(原告は、その後ブレーキペダルを二、三度踏み込んだようだとは述べるものの、それについては明確な記憶がないとしており、もちろんその際強く踏み込んだとは述べない。警察でも、最後までブレーキペダルを踏み続けることができなかったと述べるにとどまり、ブレーキペダルを繰り返し強く踏み込んだとまでは述べていないし、アクセルペダルを踏んだことに至っては全く触れていない。)、これを肯定することができる。また、原告が、最初にブレーキペダルを踏んだ際、それがブレーキペダルであれば、たとえブレーキの効きが悪かったとしても、加速感まであったはずはないから、その原因は踏み込みが足りないためと考えてしかるべきであるのに(その時点で、原告は、強く踏み込んだという意識を持っていない。)、間違えてアクセルペダルを踏んだと思ったと述べていることも、原告においてブレーキの効きが悪いために踏み間違えたと思い、ペダルを踏み替えてパニック状態に陥ったと述べる供述自体整合性に欠けるものであって、右の時点で原告が既に平静さを失っていたことを物語るものであるといえる。そして、後述のように、原告がブレーキ操作をした地点で、ブレーキの効きが悪かったとしても、その程度は踏力助勢機能を失わせる、あるいはそれに近い状態であったとまでは断定することができないことからすると、原告が十分かつ確実なブレーキ操作に及ばないままパニック状態に陥り、ハンドル操作によって先行車両との追突を回避せざるをえなかったのは、原告が前方注視を怠り、先行車両が停止しているのを制動距離内で初めて気付いたためであり、そのために大いにあわてるとともにブレーキペダルを軽く踏み込んだものの、そのときの違和感からアクセルペダルを踏み込んだものと錯覚したものと推認するのが相当である(なお、原告は、先行車両の発見が遅れたという思いがあったからこそ、先行車両を発見してブレーキ操作をした地点につき、警察で先行車両の約三五メートル手前の地点と述べていたのに、陳述書及び本人尋問で五〇ないし六〇メートル手前の地点に変更する供述をしたものとみられる。)。

(三) 右の点に関し、原告は、ブレーキの効きが悪かったためにパニック状態になってしまったと述べるが、右の供述を肯定するためには、最初にブレーキ操作をした時点までに原告車の制動倍力装置による踏力助勢機能が失われていた、あるいはそれに近い状態にまで低下していたことにならざるをえないところ、そのためには、ファンベルトが破損して外れていたか、そうでないとしても、ファンベルトが著しく緩み、このためエンジンの回転力をバキュームポンプに伝えることができないか、できたとしても極めて不十分であるため、ブレーキブースター内に負圧を補給することができなかった状態にあったことが証明されなければならない。しかしながら、後述のように、容易に解明し難い不可解さの残る原告の供述内容を含む本件証拠関係の下では、この点は、結局明らかでないというほかない。すなわち、乙イ第一号証、第五号証の一ないし四、第二二号証、第二七号証、証人北須賀勝の証言によると、原告が停止中の先行車両を発見し、ブレーキ操作をした時点で既にファンベルトが破損し、プーリーから外れていたのであれば、原告車の場合、警告灯システムに異常がない限りブレーキ警告灯以外の警告灯がいっせいに点灯する仕組みとなっているところ、事故後の修理においてブレーキ警告灯等の交換がなされていないことが認められ、右の認定事実からすると、警告灯システム自体に異常はなかったものと推認することができるが、そうであれば、原告がブレーキ操作をした際、既にオルタネーターの回転が停止していたことによりブレーキ警告灯以外の警告灯は点灯していたはずであるのに、原告は、警告灯が点灯していた記憶はないというのであるから、これを見落したというのであればともかく、そうでない限りファンベルトは外れていなかったことにならざるをえないだけでなく、後述のように、もともとファンベルトの脱落によって直ちに制動倍力装置による踏力助勢機能が失われるわけではないから、当然にはブレーキ操作時に踏力助勢機能が失われていた、あるいは、それに近い状態まで低下していたとの結論には至らないというべきである。もっとも、警告灯が点灯していたのに、原告がこれを見落したまま、停止中の先行車両を発見し、ブレーキ操作をするに至ったものであり、その時点ではファンベルトが既にプーリーから外れ、エンジンの回転力をバキュームポンプに伝えることができないため、それまでのブレーキ操作によって減少したブレーキブースター内の負圧を補給することができなかったことから、ブレーキペダルの通常の踏み込みによってはマスターシリンダー内に制動に必要な油圧を得られないまでに低下していた場合、及び、ファンベルトがプーリーから外れておらず、エンジンの回転力がオルタネーターに伝えられるため、警告灯は点灯していなかったけれども、ファンベルトの緩みが著しく、エンジンの回転力をバキュームポンプに十分に伝えることができないため、その回転数が低下したことにより、それまでのブレーキ操作によって減少したブレーキブースター内の負圧を補給することができなかったことから、やはりブレーキペダルの通常の踏み込みによってマスターシリンダー内に制動に必要な油圧を得られないまでに低下していた場合にあっては、制動倍力装置による踏力助勢機能が十分働かないため、ブレーキペダルの踏み込み方いかんによってはブレーキの効きが悪いこともありえたということができる(なお、原告は、停止している先行車両を発見するのが遅れたことからあわててブレーキペダルを踏んだために十分かつ確実に踏み込みをすることができなかったことから、そのペダル踏力によってはマスターシリンダー内に制動のため必要な油圧を得られず、ブレーキが効かなかったため、先行車両が停止していることの発見が遅れた点は除き、できる限り前後矛盾なく右の事態を説明しようとしたものであって、軽くブレーキペダルを踏んだが、抵抗感がなかったと述べたものであり、その限りで信を措くことができないものではなく、また、これを受けた「ふわっ」という表現も、確実に踏み込むことができなかった当時のあわてていた心理状態を表現したものであるとすれば、あながちそのすべてが虚偽であるとは断定し難い。)。しかし、そうであれば、原告がその際冷静な心理状態でブレーキペダルの踏み込みを十分かつ確実に続けたものである限り、ブレーキペダルの踏み込み感について、事故後に岡山西警察署で実施したブレーキテストの際と同一の固く重い踏み込み感を得ていたはずであるところ、原告は、本人尋問において、ブレーキペダルの踏み応えがなくなったときの感じについて、最初にブレーキペダルを踏んだとき「ふわっ」とした感じであり、抵抗感がないのでおかしいと思って再び踏んだが、同じように抵抗感がなかった旨供述しているものであり、もとより、右の表現には多分に感覚的なものが含まれるため、それ自体特別に重視するのは当を得ないとしても、いずれも相接近した時点における体験でありながら、その踏み込み感に全く対照的な相違があることからするならば、たやすくブレーキ操作時までに踏力助勢機能が失われていた、あるいは、それに近い状態まで低下していたということはできず、かえって、原告は、停止中の先行車両を発見した際既に冷静な心理状態ではなく、また、それゆえにブレーキペダルの踏み込みを十分かつ確実に続けることができなかったものというべきである。しかも、もともと原告が繰り返し強く踏み込んだにもかかわらずブレーキが効かなかったと述べているのではないことからすると、右のブレーキの効きが悪かったとする供述を根拠として原告がブレーキ操作をした時点で踏力助勢機能が失われていた、あるいはこれに近い状態であったことから、原告が先行車両が停止しているのを発見した時点で十分かつ確実なブレーキ操作をすることが困難であったと認めることはできないというべきである。

(四) ところで、乙イ第二七号証、証人北須賀勝の証言によると、原告車に採用されている制動倍力装置の性能からして時速五〇キロメートルの速度で走行していることを前提とした場合、ファンベルトが適正な張力を保有している限り、オルタネーターの回転数が毎分約三三〇〇回転であるので、一〇秒間(走行距離約一四〇メートル)の走行により水銀柱六三〇ミリメートルの負圧を発生させることができ、右の負圧であれば、通常のブレーキ操作(〇・二Gの減速)で七回、やや急なブレーキ操作(〇・四Gの減速)であっても三、四回は何ら違和感なく、ブレーキペダルを踏み込むことができ、これに対し、同じく時速五〇キロメートルの速度で走行していても、ファンベルトが緩み、エンジン回転の伝達力が五〇パーセント程度まで低下しているならば、オルタネーターの回転数が毎分約一六五〇回転であるので、一〇秒間の走行により水銀柱三五〇ミリメートルの負圧を発生させることができるにとどまるが(エンジンが回転するだけのアイドリング状態におけるオルタネーターの回転数は毎分約一四五〇回転であるが、一〇秒間で水銀柱三五〇ミリメートルの負圧を発生させることができる。)、それでも、右の負圧があれば、通常のブレーキ操作(〇・二Gの減速)で二回、やや急なブレーキ操作(〇・四Gの減速)であっても一回は何ら違和感なく、ブレーキ操作をすることができることが認められるところ、先に検討したように、大原橋を過ぎ、左カーブの下り坂を下ってから本件事故の現場に至るまでの間はほとんど直線道路であり、その間原告がブレーキ操作をする必要はなく、このため、本件事故以前におけるブレーキ操作によってブレーキブースター内の負圧が水銀柱一五〇ミリメートル未満になっていたと仮定しても(この場合は、ブレーキ警告灯が点灯するため、原告が右の時点でこれに気付いたはずである。)、ファンベルトが脱落していない限りその後原告が先行する停止車両との追突を回避するためにブレーキ操作をするまでには右の負圧が相当程度回復していた可能性が十分にあるというべきである。そうであれば、ファンベルトの緩みによるエンジン回転の伝達力が右の五〇パーセント以下にまで著しく低下したことが証明されなければならないが、ブレーキ操作時点以前のファンベルトの状況については、その損傷状況からして少なからず緩みが生じていたということができても(原告は、原告車が平成六年七月実施の点検整備後エンジン付近から異音が聞こえていたが、注意しなくては聞き取れない程度であったため、訴外田村に相談しただけで再度点検整備に出さなかった、と述べているところ、被告トヨタ自動車の実施したファンベルトのスリップ実験の結果に照らすと、異音の大きさからみて最大五〇パーセント程度の伝達ロスを生じさせる緩みが生じていたと推認する余地はある。)、具体的な緩みの程度については原告の述べるブレーキペダルの踏み込み感以外にこれを推測しうるものがなく、右の踏み込み感だけではファンベルトの緩みの程度まで推測することは著しく困難であるというほかないものである。

なお、乙イ第二七号証、第二九号証、第三〇号証並びに弁論の全趣旨によると、ブレーキブースター内の負圧が水銀柱一〇〇ミリメートルになると、入力五キログラム重のペダル踏力によってはマスターシリンダー内で得られる液圧が一平方センチメートル当たり約一三キログラム重まで低下し、負圧が水銀柱二〇〇ミリメートル以上である場合に生じる液圧一平方センチメートル当たり約一六キログラム重と比較して踏み応え感に差異が生じることが認められるところ(別紙性能線図参照)、原告は、停車している先行車両を発見するのが遅れたことからあわててブレーキペダルを踏んだため、十分かつ確実に踏み込みをすることができなかっただけでなく、その際ブレーキブースター内の負圧が大きく低下しており、踏力助勢機能が十分でなかったことから、右のペダル踏力によってはマスターシリンダー内に制動のため必要な液圧を得られず、ブレーキが効かなかったと感じたことから、ブレーキペダルの踏み込み感について前記のとおり供述したものといえなくもないが、そうであるとしても、原告は、前記のとおり前方注視を怠ったことにより先行停止車両の発見が遅れたほか、ブレーキ警告灯の点灯を見落したものであり、しかも、先行停止車両の発見が遅れたことによりあわてた結果ブレーキペダルの踏み込みが十分でなかったことにならざるをえないから、仮に踏力助勢機能が大きく低下していたにせよ、本件事故の原因が原告の右の過失にあることに変わりはないというべきである。

(五) このように、原告がブレーキ操作をしたにもかかわらず、本件事故を回避することができなかった原因は、原告において先行車両の動静を注視し、先行車両が交差点の手前で停止するのを発見したときは先行車両との間に十分な間隔を置いてその後方に停止するため十分かつ確実なブレーキ操作をすべきであるのに、前方注視を怠った結果、十分な制動距離のない地点まで走行して先行車両が停止していることに気付き、あわててしまい、不十分かつ不確実なブレーキ操作をしたことから、ハンドル操作によって先行車両との追突を回避せざるを得ず、その結果一時停止をしないまま交差点内に進入したことにあるというべきである。仮にそうでないとしても、原告自ら、その程度はともあれ、アクセルペダルを踏み込んだことを認めていることからすると、走行時には運転者においてアクセルペダルに軽く右足を置いて運転しているのが通例であり、原告の場合も事故現場に至る道路が交通閑散なほぼ直線状の道路であり、加速しやすい環境にあったことからすると、右足をアクセルペダルにのせて走行していたところ、脇見・考えごとその他により前方注視を怠った結果、十分な制動距離のない地点まで走行して先行車両が停止していることに気付き、あわてて右足でそのままアクセルペダルを踏み込んだことから、先行車両まで至近距離まで迫ったことにより、十分かつ確実なブレーキ操作をする余裕がなく、ハンドル操作によって先行車両との追突を回避せざるを得ず、一時停止をしないまま交差点内に進入したことにより、本件事故を引き起こしたというべきである。そうすると、本件事故の原因は、原告が前方注視を怠った結果先行車両が停止していることを発見するのが遅れたことによってもたらされた不十分かつ不確実なブレーキ操作にあるといえるから(原告は、ブレーキペダルとアクセルペダルとを踏み間違えたと思い、ペダルの踏み替えをしたと述べるが、右のペダルの踏み替えをしたのであれば、この点も不十分かつ不確実なブレーキ操作の内容をなすものである。)、たとえ原告においてブレーキ操作をした過程でファンベルトの緩みのため制動倍力装置による踏力助勢機能がある程度低下していたとしても、その責任はもっぱら原告にあるというべきである。そして、原告がブレーキの効きが悪かったと述べ、事実これと符合するように、本件事故後にファンベルトの破損による脱落というブレーキ系統の不具合があったことが発見されていることからすると、原告が不十分かつ不確実ではあったとしてもブレーキペダルを踏んで減速・停止措置を講じており、その際普段とは異なる制動感を得たこと自体は肯定することができるとしても、前述のように、不可解さの残る原告の供述を含む関係証拠の下では、原告がブレーキ操作をした時点で制動倍力装置による踏力助勢機能が失われていた、あるいはそれに近い状態にあり、このため原告において確実かつ十分なブレーキ操作をすることが困難であったと認定するに至らないというべきであるから、これが事故の原因であるとする原告の主張は採用することができない。

二  争点2(被告トヨタ自動車の責任原因)について

1  原告は、ブレーキ操作をした際に、ブレーキ機構の一部であるファンベルトが一部切断剥離し、プーリーから脱落したことによってもたらされた制動倍力装置による踏力助勢機能の喪失のため、通常の踏力では自動車を減速・停止できなかったことから、本件事故が惹起されたものであり、被告トヨタ自動車は、自動車製造事業者として耐用性に欠けるファンベルトの品質上の欠陥を改良しないまま放置し、また、ファンベルトないしブレーキブースターといった制動倍力装置の設計・製造に当たってもファンベルトの脱落に対処するため二重三重の安全確保策をとることを怠った結果、ファンベルトの脱落を招いた過失がある、さらにファンベルトの脱落による踏力助勢機能の異常を警告するシステムに不備があり、また、ファンベルトの欠陥やその交換時期に関する告知等及びファンベルト脱落の際に運転者がとるべき運転方法に関する指示・説明にも義務違反がある点で過失があり、本件事故は、被告トヨタ自動車の過失によるものであると主張するけれども、既に一で検討したように、本件事故の原因は、原告が前方注視を怠り、先行停止車両の発見が遅れた過失にあると認定すべきところ、本件事故の発生直前に原告がブレーキ操作をした際ファンベルトに破損による緩みが生じていたために制動倍力装置による踏力助勢機能が低下しており、それが原告をしてブレーキペダルの踏み込み感に影響を与えた可能性自体は否定し難いとしても、その際これが原因となって原告をしてパニック状態に陥らせ、その後における十分かつ確実なブレーキ操作をすることを困難にしたか否かについては証拠上明確でないというほかないから、踏力助勢機能の喪失ないしは著しい低下によって右の確実かつ十分なブレーキ操作が困難であったことを前提とする原告の前記主張は、いずれもその前提を欠くものであって、失当であるといわなければならない。

2  原告の主張にかんがみ、付言すると、原告は、原告車に採用されているファンベルトに関し、本件事故の際破損脱落したことから、耐用性に欠け、その品質上欠陥があると主張するが、右の欠陥については、当該ファンベルトが通常有すべき安全性に欠ける場合にこれを肯定することができるところ、ファンベルトの場合少なくとも定期的に点検整備を行い、使用による疲労劣化があれば交換の対象とすべき部品の一つであって、疲労劣化の進行状況に応じてその交換の是非を判断すべき消耗部品の一つであることからすると、破損のため脱落したからといってそれだけで右に述べる安全性に欠けるということができないことはもちろんであって、前記のとおり、原告車のファンベルトの場合、平成二年六月の装着時以来使用期間にして約四年、走行距離にして七万八〇〇〇キロメートルに及んで使用されてきたものであり、その間ひび割れ、摩耗等の疲労劣化が著しく進行した結果、部分的な破損を来たし、プーリーからの脱落を招いたものであることからすると、原告車のファンベルトの破損脱落が通常有すべき安全性に欠けるために生じたものということはできないから(なお、乙ロ第二六号証によると、ファンベルトの耐用期間は、走行距離等の使用状況によって大きく左右されるけれども、少なくとも走行距離三万〇〇〇〇キロメートル程度の使用に耐えるものであることが認められるから、原告車のファンベルトの場合、ファンベルト一般に比較し特に短期間に使用による疲労劣化が急激に進行し、破損脱落したものということはできない。)、被告トヨタ自動車にその使用材質の選択等につき注意義務を怠った過失があるということはできない。そうすると、ファンベルトに疲労劣化による破損脱落のおそれがあることから、右の品質上の欠陥があることを前提に、ファンベルトないしはブレーキブースターに関する制動倍力装置の設計・製造上の過誤、警告表示システムにおける不備、さらにはファンベルトの欠陥やその交換時期に関する告知等、ファンベルトの脱落における運転方法等に関する指示・説明における義務違反があり、これが本件事故の原因であるとする原告の主張もすべて理由のないものである。

原告は、この点に関し、二重三重の安全設計思想の見地から、被告トヨタ自動車がブレーキ機構、警告表示システム、運転方法に関する指示・説明等に関し自動車製造事業者として必要な注意義務を怠った過失がある旨種々主張するけれども、自動車も大量に生産される消耗型商品の一つであり、運行上の安全を確保するためその製造事業者においては道路運送車両法に定める保安基準といった法的規制に従って製造することが義務付けられるとともに、右の消耗型商品であるため、使用者においても点検整備をすることが義務付けられていることからすると、右の法的規制が不十分かつ不合理であるとする特段の事情が存在しない限り、単に二重三重に安全性を確保するという見地から望ましい設備・機構であるといえるだけでこれを具備していないことを理由に右の法的規制にしたがって製造された自動車が通常有すべき安全性に欠けるものということはできない。もっとも、現在、すべての車種の自動車がその方式はともあれ、いずれも制動倍力装置による踏力助勢機能を有し、運転者一般がその踏力助勢機能の存在を前提に運転していることが明らかであるから、ファンベルトの脱落・緩みによる場合を含め、何らかの原因によって右の機能が突然失われ、又はそれに近い状態が出現するならば、運転者において少なからず周章狼狽し、十分かつ確実なブレーキ操作をすることができないことも十分に想定することができるところであり、それがブレーキ操作という自動車運行の安全を直接左右する機構にかかわるものであることからすれば、踏力助勢機能に異常が生じている場合にあっては、警告灯の点灯だけでは運転者がこれを見落とすおそれがあるため、原告主張のように、運転者に対し、直ちにその事実を知らせるため、これを警告音によって告知することが求められるところではあるが、原告車に右の警告音設備が装備されていたとしても、これによって本件事故を回避することができたとまでは認め難いところであり、この点で、被告トヨタ自動車に原告車の設計・製造に関し不法行為責任があるとは認められない。

三  争点3(被告トヨタカローラ岡山の責任原因)について

1  被告トヨタカローラ岡山の行った原告車の点検整備の状況に関し、甲第一八号証ないし第二〇号証、第二八号証、乙ロ第一号証の一ないし一四、第三号証、第一九号証の一ないし三、第二〇号証の一ないし四、第二一号証、第二二号証の一及び二、第二三号証、第二四号証(ただし、後記認定に反する部分を除く。)、第二五号証の一ないし七、第二六号証、検甲第一号証、証人河島始及び証人塩見隆司の各証言、原告本人の尋問結果並びに弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。なお、争いのない事実を含む。

(一) ファンベルトは、原告が購入した時点で装着されたものであり、本件事故の発生まで約四年の長期間一度も交換されることなく使用されており、その間の走行距離は約七万八〇〇〇キロメートル以上に及んでいたものであるが、事故後に見分したところによると、ファンベルトは、側面が摩耗したことによりその幅が〇・六ミリメートル減少するとともに、硬度が新品に比較し強くなっており、全体的にひび割れが多数生じているだけでなく、芯線・底ゴム部分の一部が円周に沿い約八〇ミリメートルにわたり剥離・欠落しており、著しく劣化が進行した状態にあった(別紙ファンベルト計測図参照)。

(二) 被告トヨタカローラ岡山は、原告車の販売以来その点検整備を行っており、本件事故に先立つ約一・五か月前の平成六年七月一六日にも原告の注文を受け、原告車の点検整備を実施した。右の時点での走行距離は約七万五〇〇〇キロメートルであった。点検整備は、当時二級ガソリン自動車整備士技能検定及び二級ディーゼル自動車整備士技能検定の合格者であり、被告トヨタ自動車の定めるサービス検定制度における二級技術検定にも合格していた河島始(以下「河島」という。)が担当し、ファンベルトの点検もした。その方法は、エンジンを停止させた状態で、車体全体をリフトアップし、車体下からエンジン部分に光を当て、下方から見えるファンベルト背面の損傷を目視により確認し、ファンベルトを指で押してみて張り具合を確かめ、さらにファンベルトを少しひねってみることにより側面部に損傷がないかを確認した後、リフトから車体を降ろし、自動車内部において助手席の下のエンジンサービスホールカバーを開け、エンジン部分を見える状態にして車体下におけると同じようにファンベルトの点検を行うというものであった。自動車内部からの点検では、ファンベルトを一二〇度程度裏返すことができるため、ファンベルトの側面に加え、底面(コグ面)の損傷も目視により確認することが可能である。しかし、右の点検の結果、張り具合に問題はなく、ファンベルトの異常も認められないとして、ファンベルトの交換は行われなかった。

(三) ファンベルトは、道路運送車両法上の保安基準等によれば、「ファンベルトに著しい緩み又は損傷があるもの」である場合に交換が行われるが、その時期については、その使用状況によって大きく左右され、約三万三〇〇〇キロメートルで交換したものもあれば、約一〇万〇〇〇〇キロメートル、約一二万〇〇〇〇キロメートル、約一六万〇〇〇〇キロメートルで交換したものもある。

2  右のとおり認められるが、被告トヨタカローラ岡山による点検整備の時点で、原告車は、七万五〇〇〇キロメートル以上走行していたものであり、その後本件事故までに約二七〇〇キロメートル走行しているとはいえ、破損脱落した時点で使用疲労のため側面が摩耗したことによりその幅が減少するとともに、硬度が新品に比較し一段と強くなっていたことに加え、全体的にひび割れが多数生じていたことからすると、右の検査時点で交換を必要とする程度まで劣化が著しく進行していたものと推測されるところ、河島の実施した検査では、ファンベルトの見えない部分が少なくなく、かつ、見えない部分を検査していないことは河島も否定しないことからすると、河島は、既にファンベルトの疲労劣化が進行していた状況を見落し、その交換時期についての判断を誤った可能性が強いといわざるをえない。

しかしながら、先に検討したところによれば、原告が停止している先行車両を認めてブレーキ操作をするまでにファンベルトが脱落したことにより制動倍力装置による踏力助勢機能が低下しており、それが原告をしてブレーキペダルの踏み込み感に影響を与えた可能性があること自体否定し難いとしても、それが直ちに原告をしてパニック状態に陥らせ、その後の確実かつ十分なブレーキ操作を行うことを困難とする程度に著しいものであったか否かについては証拠上明確でないというほかないから、被告トヨタカローラ岡山が原告車の点検整備に当たりファンベルトの疲労劣化を見落していたとしても、右の見落しと原告が前方注視を怠り、至近距離に至って先行車両を発見した過失によって引き起こされた本件事故による損害の発生との間に因果関係(条件関係)はないというほかない。

したがって、被告トヨタカローラ岡山は、本件事故による損害に関する限り原告に対する債務不履行による賠償責任はないというべきである。

第四結論

よって、原告の被告らに対する請求は、いずれも理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡邉温 酒井良介 竹尾信道)

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